3月11日
あの日から一年が経つ
毎月11日は被災地と呼ばれるところで灯してきた
それぞれのそこにしかない
そのときにしかない
大切な物語を貰い受けてきた
ただ
こんな一年を迎えるとは思っていなかった
もっともっと
福島から人がいなくなり
もっともっと爆発的に被災地復興は日本復興事業としてにぎやかに
爆発的に復興活動は行われ
いままで隣人と話したこともなかった人々が挨拶をするようになり
不況と言われていた
日本はやることがいっぱいで大忙しに
限界集落といわれていたところは日本のどこを探してもなくなって
世界中から支援活動と、原発関係者が沢山訪れ
これからのエネルギー開発に関しての会議も日本でにぎやかにおこなわれる
メディアの形も、政治の在り方も,食に関してもすべてが
爆発的に変わっている
地震の大きさに比例して、またそれ以上に爆発的にかわっている
そんな一年後を想像していた
春が過ぎ
夏が終わり
冬が来るとともに
被災地が忘れ去られ
これまでと変わらない日常を取り戻すための日々が日本を覆いかぶす
後悔なんてしない毎日を
限界な毎日を生きると決めていたはずなのに
後悔している
もっともっとがんばれなかったのか
もっともっと声をかけれなかったのか
震災直後
福島からの帰りの車
悔しい気持ちでいっぱいだったのに
今もそのまま
走り続けている
いつも
悔しいなあと
この一年感じ続けている
自分のできることは小さい
ひとつひとつ
灯し
それぞれの場所で出逢うひとと
また
灯していこう
ひとつだけ
うれしいこと
ラブフォーニッポンに感謝したい
ちいさなひとつひとつかもしれないけれど
一年を共にして
何度も行き来した結果の場所が東北にある
そこにまってくれている人がいる
これからもラブフォーニッポンの仲間達とともにそこにいこう
このブログもさぼりっぱなしで走り続け
被災地と呼ばれる場所でおこなってきたこともいくつかの報告しかしていなかったけど
この
一年の反省の気持ちと
たしかなちいさな足跡を
ずっとずっとみんな日常をすてて
何度も何度も共に通い続けた仲間達を誇りに思い
多くの人に自慢したい気持ちから今日これからむかえる3、11を伝えたいと思う
それぞれの3、11が新たな日本の始まりになるように祈りたい
2012 3 9
Candle JUNE