Candle Odyssey 2005 -LONDON&PARIS- ヨーロッパへ
2005.9.27
朝スタッフに送ってもらい成田に向かい、JL401便でロンドンへ。12時間の飛行機の旅はひたすら映画を見てしまった。
東京を12時に出てロンドンに夕方5時に着く。久しぶりの時差。厳しいと言われていた入国も簡単に済み、無事に今回ロンドンを案内してくれるキャットさんに会う。
ヒースローから地下鉄に乗りテロ事件のあったキングスクロス駅へ。駅にはすでに慰霊碑などは何も無く、お花も近くの教会に移されたらしい。明日改めて教会に行く事にする。
ホテルのチェクインを済まし、チャイナタウンへ。キャットさんの友人ひとみさんや、とおる君と合流する。皆長くロンドンに住んでいる人達で色々この国の事を教えてくれた。
空港からチャイナタウンまで思っていた以上にたくさんの人種がいた。曇っているイメージしか持っていなかった天気も快晴で、街にはあまり高い建物が無くその古い町並みは心地よく、改めてはじめて訪れたヨーロッパを実感した。
2005.9.28
早朝目が覚める。10時にキャットさんと会いまずは朝食を食べる。
バスに乗りユーストンに行きセント・パンクラス教会を訪ねるが、そこにもテロの被害者の献花台は無かった。
その後、「タビーストーク・スクエア」へ。バスの事件現場だが、向かいの公園に少しばかりの枯れた花が置かれていた。
この公園が気になり入ってみると、HIROSHIMAメモリアルというプレートが目につく。その他戦争で亡くなった方達を追悼する石碑があり、また公園の中央にはガンジーの銅像があった。
それを発見した時、今回の灯す場所はここだと思った。
ロンドン出発前夜、見ていたDVDは「ガンジー」だった。
改めて夕方ここに来る事にして「ストックウェル」へ。
テロ後の警戒体制の中、ビザの切れたブラジル人が射殺された。その場所を訪れた。偶然なのかその日、その被害者の両親がその場所を訪れていて、沢山の報道人が集まっていた。その現場で蝋燭を灯す。
この現場も早々に撤去されるのだろうなあと思うと、なぜだか悲しくなった。
ブリクストンまで歩き、マーケット等を見て回る。バスに乗りテムズ川を渡りビック・ベンを横目に、ピカデリーサーカスで降りて歩いてソーホーに行く。
偶然日本の友人に逢い、また夜に逢う約束をする。
とおる君の働いているレコード店に顔を出し、一緒にフィッシュ&チップスを食べる。本場のそれは想像していた以上にでかくて食べきれなかった。
コベントガーデンで寒さをしのぐため古着を買いブラックキャブに乗りリージェントパークロンドンセントラルモスクに向かう。何をするでも無いがとにかくモスクに行ってみたかった。
それからバスに乗り公園に戻る。7時に公園が閉まるという事で、急いで蝋燭を灯す。
広島メモリアルに灯し、ガンジーの足下にも灯し、そして枯れた花のある場所に灯す。テロのあった道路をじっとみつめているガンジーは、今何を感じているのだろう。此処ロンドンではテロはすでに過去の事。もうあの事件の足跡は無い。
ホテルに戻り明日からのパリ行きの準備をする。
ロンドン3日間、実質1日の滞在では何をするにも足りない所だったがキャットさんのおかげで無駄無く動けたと思った。
2005.9.29
朝ご飯を食べて、ユーロスターに乗るため駅に向かう。
キャットさんは、本当に優しい人で、その道のりにも観光名所を入れてくれた。
ユーロスターには問題なく乗れて、3時間の電車の旅。
窓から見える風景は高い建物も少なく、中国の旅を思い出させる。
ホームに着き、てっきり荷物チェックや審査があると思っていたら何も無く、すぐホームの先に「アンダーカバー」現地コーディネータースタッフの花恵さんが出迎えてくれた。
そこにはパリで合流しようと言っていた、テラ君とその友人のしょうた君もいた。
4人で地下鉄に乗り早速アトリエに向かい、そしてショー会場の下見に。いきなりの仕事モードだったが、テラ君がいる事によって随分なごんだ。
予想よりはるかに大きい会場を見て、早く作業に取りかかりたくなったが、ひとまず初日なので皆との食事会に参加する。
長い1日となったが、夜1人で作業を始める。2、3時間の睡眠を寝袋で取りながらも、ひたすら大きなキャンドルを彫刻する。
2005.9.30
この日は1日彫刻作業だったが、ホームセンターに連れて行ってもらい、急ぎながらも楽しい買い物が出来た。
夜は夕食にはいかずに、ひたすら削る。
2005.10.1
早朝蚤の市に行く車に同乗させてもらう。素晴らしいものばかりを目にするが高すぎて何も買う気になれない。が、バックギャモンをテラ君としたくなり、フランスらしくない比較的安い中近東物のギャモンを購入。
帰ってから作業をするが、この夜は「白夜」という特別な夜だったのでテラ君としょうた君とルーブル美術館に行く事にした。
街はどこも人であふれていたが夜中までやっているという事しか知らずに行ったルーブルは、入館時間がちょうど自分達が入る手前で時間となってしまったらしく、残念ながら入れなかった。
何日か風呂に入っていなかったので、シャワーを借りる為にしょう太君のアパートに行く事に。久しぶりに人の家に泊まらせてもらう。有り難い事にベッドを借りる。
2005.10.2
早朝起きて、バンブーというマーケットに向かう。
昨日とは違い、小さなマーケット。お店に置く物をみてまわる。しょう太君のおかげで値段も交渉できていくつかの物が買えた。
アトリエに昼には戻りまた作業をする。
明日がショー本番なので夕方キャンドルを会場に運び込んだ。
帰り道はテラ君と歩くことにしパリを楽しむ。
空も雲も太陽も日本とは違うように見え、
陽が沈みはじめ街灯がつくと町並みの陰影がヨーロッパらしさを増す。
アトリエでは追い込みに入っていてあわただしい。
今日の作業終了時間はAM3:00、明日の出発はAM6:00、眠れる時間は、あと2時間程。
2005.10.3
ショー本番の日、まだ暗いうちにスタッフが集まり会場へむかう。すべて順調でリハーサル、客入れ、本番、とあっと言う間に終わりを迎え、何人かの現地スタッフに「おめでとう」といわれる。
日本のショーと違いお客さんは皆終わりを迎えると、あっという間に次のショーに向かうためあわただしい。
スタッフの撤収もはやくキャンドルチームは最後となる。年をとったせいか疲れすぎてキャンドルもいつもより重く感じたが、皆が手伝ってくれたので助かった。
夕食に参加してその後の打ち上げにも参加する。 充実したパリ最後の夜となる。
2005.10.4
パリは全面的にストらしく、電車もタクシーも動かない。そしてアトリエの近くでデモ行進も始まる。
日本に帰れるかどうか心配になったが、現地スタッフひろみさんがとても親切なタクシーを頼んでくれていたので、無事に空港に送ってもらえた。
久しぶりに一人になり、改めてパリでの生活を振り返る。新しい出会いもあり、たくさんの刺激を受け楽しい日々だった。仕事の評価はわからないが、アンダーカバーのメンバーがやさしく、プロフェッショナルの集団であったため随分助けられた。
ロンドン・パリを訪れてその街から感じたもの以上にアンダーカバーで仕事をさせてもらった事によって沢山自分の足りないところや、これから成長しなければいけない点がみつかった。
日本に帰国するとそのまま、神田明神でランデイ・ウエストンのライブがある。
いきなりの仕事だが、この新鮮な気持ちのままこれからを楽しみたいと思う。
JUNE